#1 「優れた経営者」は「優れた理論家」である
経営学では,実践の重要性がしばしば強調される。企業経営は,個別具体的な市場,顧客,競合企業,組織,人材,資源制約などの諸条件のもとで営まれるため,抽象的な理論のみで十分に理解できるものではない。経営実践は本質的に状況依存的かつ複雑であり,そのため,経営学が提示する理論が実践に対してどれほどの有効性を持つのかについて,批判的な見解が示されることも少なくない。
しかし,実践の重要性を認めることは,実践経験の蓄積のみを通じて優れた経営思考が形成されることを意味しない。実務経験は,具体的な判断材料や現場感覚を豊かにする一方で,業界内で共有される常識的な認識枠組みを内面化・強化する契機ともなりうる。経験を重ねるほど,既存の方法,慣行,効率性の基準,業界標準を自明のものとして受け入れやすくなり,その結果,異なる視点から現実を捉え直すことが困難になる場合がある。したがって,経営において求められるのは,実践経験の蓄積にとどまらず,その経験を抽象化し,概念間の論理的関係として再構成する思考法である。
この点において,優れた研究者による理論構築と,優れた経営者による戦略構築との間には,重要な共通性が存在する。優れた研究者は,具体的な現象を観察し,常識的な説明では十分に捉えきれない側面を見出し,新たな概念や視点を用いて当該現象を説明しようとする。同様に,優れた経営者もまた,業界内で共有されている常識的な認識枠組みを単に受け入れるのではなく,自社の事業を独自の視点から捉え直し,どのような活動をいかに組み合わせることによって競争優位が生み出されるのかについて,実践に根ざした理論を構築していると考えられる。すなわち,持続的競争優位を実現する企業は,業界の常識とは異なる視点に基づき,企業活動を構成する諸実践を個別独立的に遂行するのではなく,それらを相互に結びつける独自の因果メカニズムを構築しているのである。
ここでいう因果メカニズムとは,特定の原因が特定の結果を生み出す際に,その間に介在する媒介過程,活動間の連鎖,相互補完関係,およびそれらを結びつける論理的関係を指す。因果メカニズム・アプローチは,単に変数間の相関関係を把握することにとどまらず,複数の活動実践がどのように関連づけられ,いかなる過程を通じて競争優位を生み出すのかを明らかにする分析視角である。とりわけ,業界の常識から見れば非効率あるいは非常識に見える個別の実践が,より長い因果連鎖の中で相互に結びつくことによって,合理的な競争優位の仕組みとして機能する場合,因果メカニズム・アプローチはその理論化に有効である。
このエッセイでは,日本の製パン業界において圧倒的な存在感を持つ山崎製パン株式会社の事例を検討することを通じて,同社の持続的競争優位を,具体的な経営実践に根ざした因果メカニズムとして明らかにするとともに,因果メカニズム・アプローチが,実践に基づく脱常識的な競争優位の理論構築に果たす役割を考察する。
(つづく)
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